川がつないだ縁から、いまの私たちへ。
六田株式会社は、佐賀県三養基郡みやき町で竹輪・蒲鉾・天ぷらを製造しています。創業は明治20年。宿屋から蒲鉾屋へ商売を変えて以来、この土地で作り続けてきました。 工場での大量生産はせず、いまも手作業を残しています。
代表取締役
六田蒲鉾の6代目として、この工場に立っています。子どものころから、祖父が黙々とすり身を練る背中を見て育ちました。職人気質のあの背中に憧れて、大学を出てから家業に入り、県外の店でも修業を重ねました。 すり身を練り上げる時間は、人と話すときと同じくらい緊張します。魚は獲れた場所でも時期でも旨みが違う。その日の状態を見極めて、美味しいと言っていただける一点を狙う。毎日が真剣勝負です。 目指しているのは、親子3代4代が同じものを食べられる食卓です。そして佐賀を離れた方にとっての、ふるさとの味であること。練り物の可能性は、まだまだ広がると思っています。
— Kenta Ishii —
この仕事の面白さは、同じ配合でも仕上がりが変わるところにあります。魚は獲れた場所でも時期でも旨みが違うので、その日の材料の状態を見るところから始まります。 面白いのは、答えが毎回同じではないことです。同じ手順で作っても、すり身の状態が違えば同じにはなりません。 作れるものは、まだあると思っています。地元の農家や料理店と組めば、これまでになかった商品が生まれる。実際、レンコンやきくらげ、中華の饅頭まで、そうやって形になりました。
私たちの蒲鉾は、地域の方々に支えられて続いてきました。魚を運んでくれた川があり、野菜を育ててくれる契約農家があり、味を覚えていてくださるお客様がいます。だからこそ、親から子へ、子から孫へと受け継がれていく味でありたい。ふるさとを離れた方にも、同じ味を届けたい。食卓のまんなかで、みんなが笑顔になる。そのための一本を、今日も手で仕上げています。
近くに代官所があった時代、そこを訪れる人々を泊める宿屋として商売を始めました。
代官所の廃止で宿屋を畳み、蒲鉾づくりへ。六田川の水運が運ぶ新鮮な魚を活かす商売として始まりました。
個人での商いから法人組織へ。製造の体制をあらためて整えました。
六田竹輪蒲鉾企業組合から株式会社へ、組織をあらためました。屋号の「六田竹輪蒲鉾」はそのまま受け継いでいます。
石井 健太が6代目として工場に立っています。佐賀県産の野菜を使った商品づくりや、地元の料理店とのコラボにも取り組んでいます。
祖父の代から、変わらない味を出し続けることが、うちの約束です。でも実際には、毎日同じことをしているわけではありません。魚の状態が違えば配合を変え、すり身の様子を見ながら練り方を決める。同じ味に着地させるために、手前の工程を動かし続けているのです。 手作業を残しているのも、そのためです。機械は同じ動きしかできませんが、手は毎日違う判断ができます。
六田株式会社の始まりは、江戸時代にこの地で営んでいた宿屋でした。近くに代官所があり、そこを訪れる人々を泊める商売です。明治になって代官所が廃止されると、宿屋は役目を終えました。 次に選んだのが蒲鉾づくりでした。海から離れたこの土地に蒲鉾屋ができたのは、有明海から筑後川へ、そして分流する六田川へと、船で新鮮な魚が運ばれてきたからです。川がもたらす魚を活かそう——そう考えて、明治20年に商いを起こしました。 六田川と同じ名を、いまも社名に掲げています。船で魚が運ばれた時代は過ぎましたが、魚を見極める目と手仕事は、代々受け継いできました。
| 会社名 | 六田株式会社 |
|---|---|
| 店舗名 | 六田竹輪蒲鉾 |
| 代表 | 石井 健太 |
| 住所 | 〒840-1106 佐賀県三養基郡みやき町市武680 |
| 電話番号 | 0942-96-2033 |
| 営業時間 | 9:00〜16:00 |
| 定休日 | 水曜・日曜・祝日 |
| Webサイト | https://www.6ta-kamaboko.com/ |